東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)28号 判決 1969年7月22日
原告 安藤明
被告 特許庁長官
主文
原告の請求は、棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四十二年十二月二十二日、同庁昭和四〇年審判第五三一二号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
渡辺元保は、昭和三十七年八月十六日、別紙第一記載の商標(以下「本願商標」という。)の登録を出願し、昭和四十年三月八日、原告が右商標登録を受ける権利を承継(その頃特許庁長官にその旨の届出)したところ、同年六月二十五日拒絶査定を受けたので、同年八月十日審判を請求し、同年審判第五三一二号事件として審理されたが、昭和四十二年十二月二十二日「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は昭和四十三年二月五日原告に送達された。
二 本件審決理由の要点
本件審決は、本願商標と別紙第二記載の登録商標(以下「引用商標」という。)とを比較し、両名は、その外観上は互いに区別しうる差異があるものといえるけれども、称呼の点からこれをみると、本願商標は、「パスドン」の片仮名文字に相応して「パスドン」の称呼を生ずることが明らかであるに対し、引用商標は、「パストーン萬有」の文字に相応して、一連の「パストーンバンユウ」の称呼を生ずることは否定しえないにしても、「パストーン」の文字と「萬有」の文字とはそれぞれ書体をにし、片仮名文字と漢字であり、両者はその構成上一体不可分のものとは認め難く、また、観念上からみても、その間に必然的な関連があることを認めることはできない――「万有」の語は、薬品業界においては、万有製薬株式会社の商号の略称として知られている――から、簡易迅速を尊ぶ商取引の実際においては、「萬有」の漢字の部分を省略して、単に「パストーン」と略称される場合が決して少くないといわざるをえず、「パスドン」と「パストーン」とは、共に四音から成り、四音中三音を共通にし、第三音において「ド」と「トー」(長音)の差異があるとはいえ、全体として音質を同じくする語音であるから、両者を一連に称呼するときは、その語音語調が極めて相紛らわしく、したがって、本願商標と引用商標とは、称呼上類似の商標たるを免れず、しかも、その指定商品も互いに抵触することが明らかであるから、結局、本願商標は、商標法第四条第一項第十一号の規定に該当するものとして、その登録を拒否すべきものである、としている。
三 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、本願商標と引用商標とが称呼上類似であるとした点に判断を誤った違法があり、取り消さるべきものである。すなわち、
第一に、本件審決は、本願商標と引用商標の称呼を比較するについて、引用商標を「パストーン」と「萬有」とに分離し、引用商標からは「パストーン」という称呼も生ずるものとしているが、「パストーン」と「萬有」との間に観念上関連性がないことは認めるけれども、引用商標をこのように分離して称呼を定めるべき合理的根拠はなく、引用商標からは、「パストーンバンユウ」という一連の称呼しか生じないものであり、
第二に、仮りに、引用商標から「パストーン」という称呼が生ずるとしても、これと本願商標から生ずべき称呼「パスドン」とを対比するとき、両者に共通な「パス」の語は、それぞれの指定商品である薬剤については慣用語であり、商標の類否を判断するうえであまり重視されるべきものではないから、第三音以下の「ドン」と「トーン」とを比較すると、前者は濁音、後者は長音の特徴を有し、そのため抑揚や語音語調に顕著な相違がみられるので、両者が混同されるおそれは全くなく、したがつて、「パスドン」と「パストーン」とは、全体として、称呼上非類似のものといわなければならない。現に、特許庁における審査例をみても、第一類の商品を指定商品として、四音中三音を共通にし、異る一音も母音を等しくするものでありながら、登録または公告された事例が数多くある。
右のとおり、本願商標と引用商標とは、称呼上明らかに非類似のものであるから、これを類似であるとした本件審決は、取り消されるべきものである。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
原告主張の請求原因事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標及び引用商標の各構成及び指定商品並びに本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。本件審決の認定は正当であり、原告主張のような違法の点はない。
引用商標「パストーン萬有」の文字は、その構成上からみても、また、観念の点からみても、密接不可分の関係にあるものとは認められず、「萬有」の漢字の部分を省略して、単に「パストーン」の称呼をも生ずべきものであること、「パスドン」と「パストーン」とが語韻語調極めて相紛らわしいものであることは、いずれも審決説示のとおりであり、両商標の指定商品が互に抵触することも明らかなところであるから、本願商標は、商標法第四条第一項第十一号の規定により、その登録を拒否すべきものである。
第四証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標及び引用商標の各構成及び指定商品並びに本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、本願商標と引用商標とが称呼上類似の商標であるとした点において判断を誤つた違法がある旨主張するが、理由がないものといわざるをえない。すなわち、
引用商標が、「パストーン」の片仮名文字と「萬有」の漢字とより成るものであることは、当事者間に争いのないその構成に徴し明らかなところ、右両構成部分の間に観念上の関連性がないことは、原告の認めて争わないところであり、これらの事実に、右「萬有」の二字が指定商品である薬剤類に用いられるときは、それが万有製薬株式会社の略称として通用するものであることは公知の事実であること(この事実は、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三の記載からも、これを窺うことができる)を斟酌すると、引用商標は、簡易迅速を旨とする商取引の実際においては、右「パストーン」と「萬有」とを一体不可分のものとみなければならない理由も特にないこと(この事実は、前記本願商標の構成に徴し、おのずから明らかである)と相まち、「萬有」と「パストーン」とに分離され、さらに、「萬有」の漢字の部分を省略して、単に「パストーン」と呼称される場合があるものと認めるのが相当である。原告は、引用商標からは「パストーンバンユウ」という一連の称呼のみを生ずる旨主張するが、前認定をくつがえし、原告の右主張事実を肯認するに足る証拠資料はない。
次に、本願商標から生ずる称呼「パスドン」と引用商標から生ずべき称呼「パストーン」とを対比するに、両者は、共に四音から成り、そのうちの三音を共通にし、単に第三音において「ド」と「トー」との差異、すなわち、前者は「ト」の濁音にして短音、後者は同じく「ト」の清音にして長音という差異があるにすぎず、全体としては音質が同じであり、両者をそれぞれ一連に呼称するときは、全体の語調が近似して、極めて相紛らわしいものであることが認められ、これを左右するに足る資料は存在しない。したがつて、本願商標と引用商標とは、称呼上類似の商標であるといわざるをえない。原告は、特許庁における審査例として、本願商標及び引用商標と同じく、指定商品を第一類薬剤とする商標で、称呼上、四音中三音を共通にし、他の異る一音も母音を等しくするものがあるにもかかわらず、共に登録又は公告された事例がある旨主張するが、その主張に添うものとして挙示する証拠に示された審査例は、いずれも具体的事情を異にする本件に関する判断を左右しうべきものでないことは、いうまでもないことであるから、原告主張のような審査例の存することは、必ずしも本件審決の判断を違法とすべき根拠とすることはできない。
(むすび)
三 以上のとおりであるから、その主張のような違法があることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅正雄 石澤健 瀧川叡一)
第一 本願商標
「パスドン」の片仮名文字を角ゴジック体で左横書して成るもの
指定商品 第一類 化学品(他の類に属するものを除く)、薬剤、医薬補助品
第二 引用商標
昭和二十五年五月十二日 登録出願
昭和二十八年一月十七日 登録、第四二〇二四〇号
「パストーン萬有」の文字を筆記体風で縦書して成るもの
指定商品 旧第一類 薬剤及び医療補助品